~最初に~


今シーズン放送されているドラマの中で石原さとみさん「高嶺の花」が、
視聴率を含めいろいろな面で、
かなりの話題を呼んでいます。


そのドラマ「高嶺の花」3話の中で、
幼馴染笛木優子さんが1人で経営している、
さびれた喫茶&スナックにいつも幼馴染集まりしんみりと話をしていきます。


その中心人物であるぷーさんの状況をあれこれとツッコミながらも
自分は、どうだったのかをそれぞれが重ね合わせるように
話が進んで行きます。


その中で何度となく盛り込まれた「きみに読む物語」という言葉。
「きみに読む物語」というのは、
もう十数年前のアメリカ映画のラブストーリー。


なので「高嶺の花」視聴者の中には、
この映画を知らない人も多いかもしれません。


幼馴染たちは、今39才。ですから、
この映画が上映されたときは
だいたいあの幼馴染たちが26才頃です。
きっと恋愛や結婚の時期に重なり、
あの幼馴染たちにこの映画が強く印象に残っていたのでしょう。


そんな時の流れを感じ懐かしくもあり、
それを自分に当てはめるこの「きみに読む物語」とは、


一体どのようなストーリーなのかご紹介します。



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きみに読む物語※ネタバレします




2016年に、アカデミー賞の作品賞以外をほとんど総ナメにした「ラ・ラ・ランド」
を見たという人は多いのではないでしょうか。




あの時のように自分を貫き、いつかはきっと
と彼女を待ち続ける中年男性を演じたライアン・ゴズリング
「きみに読む物語」の主演作品です。


どちらも同じようなラブストーリーで、
愛する人のために生きるヒューマンドラマですが、
その中でも「きみに読む物語」は、
日本人とアメリカ人との人生観の違い
はっきりわかる展開になっています。


ごく普通のラブストーリーで、
二人の長い月日を
どうやって紡いでいったのか
を教えてくれている、
そんな生きているうちに起こる人生の世界を
長期的に展開するストーリーです。
そして映画は、2004年、ライアンゴズリング
レイチェル・マクアダムスのダブル主演
で公開されました。そして今なお日本人に愛され続けています。


例えばハリウッド映画の展開の手法の1つに、
一人の老人が登場し、その人の自伝的な物語を、
書き続けた日記などを読みながら進めていくものがあります。
よく知られたところに、
タイタニック(1997年)マジソン群の橋(1995年)などが典型的なそのタイプで、


 

読みながら本編に入り、
また現実に戻るという繰り返しで続けて行きます。


こうした日記型の話が映画の手法に取り入れられやすいことの1つには、
欧米人は、その昔これほど機械文明になる前まで、
ハードカバーの日記帳をプレゼントされることも多く、
それが「しゃれた行為」であったことや、
また日本人よりも頻繁に手紙を書く習慣があったことが挙げられます。
なので、こういった「思い出話」風の作品
ごく自然の物語のスタイルとなっています。


さらにもう1つに、日本の文化とは少し違う点があります。
それは、日本人が日記を書く場合は、
最終的に何冊かに分かれてしまうノートが一般的です。
ですが欧米では、大事な物を綴るための本のような厚みのあるハードカバーのノートが一般的で
大事なことや出来事を日記として残すこと、また手紙をよく書くのも身近なものでした。




そして「きみに読む物語」は、
主人公のライアンゴズリングレイチェル・マクアダムス
二人の青春時代をこの映画の入り口として物語が始まっていきます。



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きみに読む物語




ノースカロライナの町はずれの工事員として、
泥だらけになって働いているノア(ライアン・ゴズリング)がいます。




ノアは、黙々と仕事をしながら生活している中で、
ふとしたことからアリー(レイチェル・マクアダムス)と出会います。
アリーは、お金持ちで夏の間だけ、
避暑地であるノースカロライナの別荘にやってくるお嬢様でした。
そんな典型的な清楚で美しいアリー
ノアが好意を持ちます。


そんな環境の全く違う、出会うはずのない二人ですが、
ノアアリーが同じ日の同じ時間に移動遊園地で偶然出会います。
その時点でノアは、一目ぼれ、
そしてアリーも気になる存在としての意識が残ります。
その後、日に日にお互いの気持ちが高まっていく二人ですが、
それは若い二人だけの盛り上がりでしかありませんでした。




お金持ちの良家の子女であるアリーの家族にとって、
ノアは、ただ泥だらけになって
その日を働くだけの男性
にしか見えなかったためです。
アリーの家族は、ノアに何の関心も持ちません。


ですが、ひと夏でも記憶に残るような出来事があってはならないと、
二人を引き離そうと必死になります。
そんなある日、ノアは、遊んで帰るその道でアリーを家に誘い、
そのままアリーは、ノアの家について行きます。


家に着いた時には、
自分の生きている世界との違いに戸惑うアリーの姿がありました。
ノアの家を見た時の
複雑で何とも言えない表情をしている
アリーの横顔を見て「やっぱり」と悟る不安げなノアの気持ちが
よく伝わってきます。


ですが、そのまま家に入り、ノアがもてなした「パンケーキ」を食べるのです。
夜中に出されたパンケーキを少し食べます。
それはアリーでなくてもいささかスマートなもてなしとは
言い難いと感じるものでした。


それでも一生懸命に作ってくれて、
それを歓迎の気持ちとして表そうとしたノアに対し、
それを受け入れるアリーの態度は、
ただお金持ちなだけのレディではない
やさしさを持った女性であることがわかります。


一生懸命に好かれようとするノアと、
生まれながらのセレブでありながら、やさしい気持ちで接するアリーは、
その後、愛し合う二人に日に日に変わっていきます。





美しいデート風景~おすすめのシーン~






その二人のデートのシーンの中で、特に印象に残るのが、
ノアアリーを乗せて手漕ぎの小舟で湖を回るシーンです。
そんな水辺に鳥を寄せるシーンは、
スタッフが、ボートに近づくと一斉に羽ばたいてしまうことを不安に思い、
わざわざヒヨコの頃からボートを怖がらないように育てて来た
という努力の賜物といわれています。




そのためうっすらと湖面に浮かぶボートの周りを取り囲む景色は、
とにかく美しい情景です。
そのボートに乗っている時に、
湖畔にたたずむ1件の古い家が霧の中に浮かび上がります。


その家は、ノアの夢の家。
働いてお金を貯めてこの家を購入し、
修理して自分らしくそこで暮らすというのがノアの夢でした。


その夢をアリーに話し、そしてボートで家を見せに行ったことは、
ノアにとってアリー二人の夢にしたいという思いがそこにあったためでした。
そんなロマンティックな光景の中でノアに告白され、
アリーノアの気持ちを受け入れます。
とはいうものの夏は終わっていきます。




若い二人の恋が簡単に行くはずもなく、
アリーの両親の反対の中、アリーは街へと戻り
結局二人は元の世界へ

夢から覚めたような暗い現実に帰って行いきます。


でも、アリーが去った後もノアの気持ちは変わることはありませんでした。
そして毎日365日手紙を書き続けて送ります。
ですがその手紙がアリーのもとに届くことはありませんでした。





アリーの母の葛藤




ノースカロライナでのことを早く忘れさせたいアリーの母親は、
ふさぎ込んで部屋にこもりがちのアリーノアから手紙が届いても
そのまま処分してアリーに見せることはありませんでした。
でも本当は手紙を捨ててはいませんでした




時間が経ち、
やっとアリーも家柄の良い人と婚約しようとしていた時に、
アリーは、ノアボートに乗っていた時に見た家
新聞に載っていることに気づきます。
そしてノアとの気持ちが蘇ったアリーは、
母親とケンカになり手紙の存在を知ります。


そして母親もかつてアリーと同じような経験を持つことを知るのです。
その時、母親は現場作業員の愛した人ではなく、
恵まれた生活を選んでいた過去がありました。
そのことで苦労もなく暮らしている自分は、
この生活に満足していると言い、アリーを止めようとします。
ただ自分と同じような状況に置かれたアリーに対し、
自分で決めるようにと言って送り出すのです。





ノアに会いに~気持ちが固まる見どころ話の魅力






ずっと手紙を送り続けてくれたノアのことを知り、
アリーは揺れます。

そんな時のノアの言葉です。





”Will you do something for me?
Please Just picture on you life for me?
僕と君が一緒にやっていくことを描けない?
お願いだよ。


After 30years  and 40years from now?
What’s it look like? If it’s with you really wanted.
君は、30年後や40年後どんな感だろう?
それってホントに願っていること?


But don’t you take the easy way out.”
でも簡単な事じゃないよ。


“Do you think,if our love can be miracle?”
”I think our love can do anything we want it to.”
君は、愛が奇跡を起こせないとでも?


So it’s not gonna easy.
まあ、簡単じゃないけど。


It’s going to be really hard;we’re gonna have to work at this everyday.”
but I want all of you, forever, everyday.You and me,,, everyday.”
毎日いるのは、本当に大変だけど、
でも毎日一緒にいたいから、いたいから。





(注:訳は筆者です。)→セリフ調です。




アリーの気持ちが固まります。








アリーの状況になって原作との違いは、家族が作者




映画のハリウッド版タイトルの「The Notebook」は、
ノアと生きた晩年に、
アルツハイマーで病院にいる所が舞台になっています。
ノアは、病状が進行していくアリーの介護に限界を感じ
もっと管理された病院へアリーを任せた方がいいと
言われ続けています。


ですがノアが断固拒否します。もうアリーには、
ほとんどノアのことはわかってはいなかったのですが、
愛する人の側にいたいからとかたくなです。
そして一日のうちにちょっとだけ話ができる時に、
自分達のこれまでの人生をまとめたノート
物語として読み聞かせるものです。


それが「きみに読む物語」




その時にアリーには、
もうノアノアとしては映っていません。
ですが、それでも側から離れないノアがいます。


一度、家族たちが見舞いに来るシーンがありますが、
この本の原作者である
ニコラス・スパークスによると、
原作は妻の祖父母の実話を基に執筆され、
映画で起こる殆どのことは実際の出来事だそうです。


劇的な話です。





アメリカ人の人生観




そんな、情熱的な感情を互いに持つ二人は、
結婚した後の夫婦の暮らし方でも日本とは様子が違ってきます。
簡単に言うと、アメリカ人夫婦はいつまでも愛し合い
夫婦を基準として考えることに対し、
日本人は子供が基準となることがほとんどだということです。


映画の中でもそうですが、
相手を愛しているという気持ちが湧き出すのがアメリカ人
そういったところからも、
アメリカ人夫婦の絆は、結婚をスタートとして、
そこからさらに深くなっていく
ように感じます。
お互いを思いやりいたわる夫婦の距離に、
日本アメリカの文化的な違いを感じざるをえません。


そんなアリーに対し、少しずつ、少しずつ
話を読み進めるデューク(ノア)が、
まるでちいさな子供に
やさしく読み聞かせをしているようにおだやかで、やさしい
語り方が慈愛に満ちた響きに聞こえてきます。








きみに読む物語、最後に




どんなに相手が病気で、看病するのが困難でも、
愛する人と一緒にいたいとずっと思えることが、どれほど大切で、
しかも自分がいくら傷つくことがあるとしても
それでも一緒にいたい
そう信じる気持ちがせつないほど伝わってきます


ライアン・ゴズリングの、
あの何とも言えない、なんとなく寂しく、哀しそうな表情が、
彼が立っているだけのシーンでも、
それだけで引き立ちます。
若い頃に出会った初恋の人は、
時間がたっても褪せることはありません


このストーリーは、
登場人物の長い人生の一番輝いた頃を胸に秘め、
その先の人生を送って行く
。そんな物語です。


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